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茶道具勉強会のお知らせ

 投稿者:なべちゃん  投稿日:2008年11月16日(日)10時25分41秒
  綾部の文化財を守る会の専門部活動の1つである、丹波あやべ古美術研究会の活動として
「茶道具勉強会」が開催されます。
日時:11月26日(水)6:30〜
場所:燦々堂(西町アイタウンITビル前)

http://www.ayabun.net/

 

秋の文化財・史蹟学習会82名の参加で実施に

 投稿者:なべちゃん  投稿日:2008年11月16日(日)10時02分34秒
編集済
  「妙心寺とその有名な禅庭2ケ所と鹿王院を訪ねて」は、バス2台82名の参加で行われることとなりました。
世話役の分担など打ち合わせも終わり、http://ayabun.net/kensyu/myosinji/myoshinji-rokuoin.html
紅葉の見事な11月20日当日の好天気を祈るばかりです。

http://www.ayabun.net/

 

花と綾部の文化財185

 投稿者:事務局長:四方續夫  投稿日:2008年11月 6日(木)05時53分33秒
編集済
  京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」多田町には「あやべ西国観音霊場第八番札所・臨済宗妙心寺派の古刹、南林山・円照寺があります。多田町には五世紀頃の「国重要文化財聖塚・菖蒲塚古墳」があり、早くから開けた土地であります。この円照寺もまた六百五十年以上の歴史を有すると伝えられています。元々、山家藩・覚応寺(山家藩1万石の菩提寺)の末寺であったとされ、現本堂は享和3年(西暦1803年)覚応寺徒弟の周連という僧が万人講によって浄財を集め、三年がかりで再建したものであると言われています。本堂にはご本尊「聖観世音菩薩」や「地蔵菩薩」「達磨大師」が祀られ、かっては「地蔵菩薩巡拝の札所」でもありました。当寺の観音様の由来について「丹波志」の記すところによれば、森本市兵衛清常という男性が信心していたもので、彼は死ぬ日を予言したうえで、死後に観音像を寺に奉納するよう言い残し、はたして予言どうりの日に亡くなったそうです。その生前の言葉に従って、この観音像を寺に奉納し、観音堂が建立されて、巡拝札所となったと伝えられています。この寺で「達磨講」が11月3日夜に催されたので、ここに掲載します。詳細は下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/550.html

花は寺総代のトランペットフラワー
 

花と綾部の文化財184

 投稿者:事務局長:四方續夫  投稿日:2008年11月 4日(火)13時19分30秒
編集済
  京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」物部地区(ものべには、古代の物部氏の一族がいた。)の白道路町(はそうじちょう)には幕末・明治の激動の時代を生き抜かれた「嵯峨天龍寺の禅師・元管長の由利滴水(ゆりてきすい)の生誕の地」である。この白道路町には臨済宗東福寺派の古刹、東谷山・極楽寺(あやべ西国観音霊場第19番札所、如意輪観世音菩薩)では例年11月3日(祭)の午前中に「お釈迦様から28代目の初祖・達磨大師を祀る達磨忌」が厳修(実施)されたので、取材に行きましたので報告します。詳細は下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/548.html
花は菊
 

華と綾部の文化財183

 投稿者:事務局長:四方續夫  投稿日:2008年11月 3日(月)06時00分33秒
編集済
  京都府綾部市「元何鹿群(いかるがぐん)」井上寺48番地には「あやべ西国西国観音霊場33ヶ寺番外6ヶ寺」の第3番札所の「臨済宗妙心寺派の古刹羅漢山・宝住寺」がある。その「宝住寺ダルマ忌・羅漢まつり」に参加したので、その内容を報告します。詳細は下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/545.html

花は宝住寺の庭のコスモス
 

花と綾部の文化財182

 投稿者:事務局長:四方續夫  投稿日:2008年11月 2日(日)15時31分21秒
編集済
  京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」並松町の「綾部市民センター競技場」にて「第56回綾部市綾部市総合文化祭」が11月2日(日)午前9時から始った。11月4日(火)迄午前9時〜午後5時まで、但し4日は午後4時まで無料で見学できる。展示作品:水石、華道、日本画、洋画、山草、俳句、組紐、短歌、書道、写真、陶芸、ちぎり絵、刺繍、市内幼稚園児・小学校児童・中学校生徒の多種多様な作品が展示された。今回は華道に絞って掲載します。詳細はこの下をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/544.html
花は早咲きのサザンカ
 

花と綾部の文化財181

 投稿者:事務局長:四方續夫  投稿日:2008年11月 2日(日)06時26分53秒
編集済
  京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」山家地区の広瀬町には江戸時代、山家藩谷家があり明治維新まで続いた。山家藩谷家はいやおう無く西軍に属し、関ヶ原の戦いの前哨戦、舞鶴の田辺城(細川幽斎が守る)を攻め、「谷の空鉄砲」で有名な話がある。谷家は内輪では徳川家康派であった。この山家藩の城址には巨大な桜があり、綾部の古木名木100選の一つに入っている。又、この城跡公園は京都府の自然200選の一つでもある。この桜はバラ科、幹周2.9メートル、樹高14メートルもある巨大なもので、通常、桜の寿命は50年から60年と言われているが、この桜の推定樹齢は300年以上であろう。又、近くには、国家老の旧広瀬家「現、道家家(どうけ)元、山家藩の執政の一人」があるので、その入口や家、一番家老の一番槍、庭等を紹介します。詳細は下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/542.html

ビラカンサの実を花と見立てた。
 

花と綾部の文化財180

 投稿者:事務局長:四方續夫  投稿日:2008年11月 1日(土)13時27分32秒
編集済
  京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」の青野町のグンゼ(株)広大な駐車場にて伝統を誇る「第15回綾部市菊花展」が平成20年11月1日(土)午前9時から開催された。午前9時〜午後4時まで、11月5日(水)まで開催されます。早速、撮影してきましたので掲載します。綾部は蚕糸と共に、菊作り盛んで戦前・戦後の昭和30年頃まで「綾部菊人形展覧会」毎年秋に約2週間開催されてきた。小生も小学校低学年の時、昭和24年頃に父に連れられ、毎年の如く見に行った。しかし、来場者は年々少なくなり、昭和30年代で中止なってしまいましたが、約17年前元綾部中学校の教師であった西村隆先生(現、綾部菊花会々長)達が綾部菊花会を結成され、このように「綾部市みどり公社」が主幹でこの「綾部菊花会」が展覧会を実施されて来た。小生、大坂勤務の時、懐かしくて「枚方パーク公園」の「菊人形展」を見に行った事もあるが、この「枚方パーク公園の菊人形展」も平成16年、第96回で終わりとなった。詳細はこの下をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/541.html

花は展示会の菊
 

花と綾部の文化財179

 投稿者:事務局長:四方續夫  投稿日:2008年11月 1日(土)05時48分13秒
編集済
  京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」山家地区には和木町がある。京都府北桑田郡に源を発し、流れる京都府北部の最大の川「由良川」の左岸に位置した高台にある。この和木町には日吉神社があり、綾部の古木名木100選の内、3本の古木を境内に持っている。スダジイは幹周4.7メートルもあり、樹高17メートル、綾部市最大のシイの木である。樹形は2メートルのところで二又となり、右側はほぼ垂直であるが、左側は大きく傾き支柱を入れている。従って樹勢も弱ってきているが、今尚、昔からご神木として保護され守られてきた。古老の話によると、「約80年前から90年前は、シイの実が沢山境内一面に落ちていて、良く拾ったものだ。」と言っておられるが、今は、殆ど落ちなくなっている。杉は境内入口左側に勇壮な姿で立っている。樹高中程から落雷の被害を受け,多肢となって伸長している推定樹齢は約360年位と言われているが、今も神社の入口にそそり立ち、樹勢は盛んである。昔は、子供が「かくれんぼ」等の遊びで、地際の穴から出入したようだが、今は花壇石垣が作られ、穴もふさがれているが、蜜蜂が盛んに出入しているので空洞化しているものと思われる。第三の木は、日吉神社本殿裏、西側の谷へ約8メートル下がった斜面に成育しているサカキの古木であるが、綾部の古木名木100選の駒札は落ち葉等で隠されたのか見当たらなかった。幹周1.27メートル、樹高23メートル、樹齢は260年位と推定され、周囲のシイや竹藪と競合しているが樹勢はよい。サカキは神事に良く使われ、神社によく植えられている。このサカキの下方には、幹周3メートル位のシイやヒノキ等が成育する群生林となっており、一面に分厚い腐植土で覆われている。詳細は下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/540.html
花は境内前の花壇のシュウメイギク
 

花と綾部の文化財178

 投稿者:事務局長:四方續夫  投稿日:2008年10月30日(木)13時53分47秒
編集済
  京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」中上林地区の五津合町(いつあいちょう、5つの村が集まって五津合町となった)の陸志公会堂に乗用車を止めて、そこから150メートル位い、歩いて奥に行くと、左手に急な傾斜地の山道が見えてくる。そこを約80メートル登ると「平安時代末期の武将、鎌倉権五郎景政公を祀る若宮神社」がある。この鎌倉権五郎景政公は桓武帝の後裔で,後三年の役に源義家公(みなもとよしいえ、通称、八幡太郎義家)に弱冠16歳で従軍し活躍した人で、奥州後三年記によれば、敵将の鳥海弥三郎に左眼を射抜かれたが、怯むことなく、射返して相手を倒したと云う。傍に居た従兄弟の三浦為継がその矢を抜き取ろうとし、景政公の顔に足をかけたところ、武士の顔に土足をかける無礼を咎め、謝らせた話で有名である。鎌倉市に景政公を祀る御霊神社があり「権五郎さん」の愛称で、眼病の神様として崇められている。又、眼を負傷した景政公が戦場から帰途,霊泉に浴して矢傷をなおしたと云う伝説から眼の神として東北地方各地に崇祀されている諭旨。又、丹波史には、丹波雀部庄(たんばささべのしょう)に景政公の末裔梶原氏の領地が存在した記録がある。又、当地古伝によれば、当地には虫害獣が多く棲息して、虫村狢村(むしむら、むじなむら)と云われる程未開の地であったが、景政公此地に来りて虫獣の害を除き上林村の基を作った功績に、里人一祠を造営して「眼の癒し神・村落の守護神」として崇敬し今に至ると云う。神社は永久元年(1113年)に造営され以後7度改修され現在に至る。社務所の「由緒書の駒札」から抜粋し記した。詳細は下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/537.html

花はビラカンサの実を花と見立てた。
 

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