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京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」西方町には綾部西国観音霊場第22番札所である高野山真言宗の宝満寺がある。この古刹では二つの事で特に有名であります。一つは京都の清水寺の名誉管長である松本大円師はこの寺の出身であること。二つ目は江戸時代の丹波三大画伯、長谷川素后(はせがわそごう、山家藩お抱え絵師)、貫山(かんざん)、そして黙知軒(もくちけん)光研上人です。黙知軒は現京都府福知山市大江町中町の平岡弥平治の次男として寛政四年(1804)に生まれ、この宝満寺中興第十六世律厳上人(1741〜1820)の弟子になり、はやくより京都に上り,永観堂玉翁について墨絵を習い、丹波に帰ってからは綾部の高津八幡宮の究竟院(くきょういん)に寄宿し、綾部藩主九鬼隆備の墨絵の指南をした。国文学、書道にも堪能で万葉調の和歌を残しています。その後、現京丹後市大宮町の岩屋寺の住職となり、大江町仏性寺の鬼ヶ茶屋の枡屋守右衛門の依頼により誠にリアルな極彩色の「大江山鬼退治絵巻二巻」と「大江山千丈ケ嶽酒呑童子由来」を残しています。その後、綾部市別所町の願成寺の住職となり明治二年(1870)に亡くなっています。黙知軒の石碑はこの宝満寺と願成寺の2ヶ所にあります。詳細は下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/633.html
花はツバキ
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