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きのう11月23日(祝)のセッションでした。
いつものように「きょうは何の日でしょうか?」と切り出すと
「天皇が新米を食べる日!」と声が響きました。
「でも今年は天皇さん、病気で出られないんだよね」と、みなさんどこか寂しそうです。
(昭和22年までは「新嘗祭」。
今もこの日は天皇が一年の収穫を神々に感謝する最も重要な祭祀の日ですね。)
「ところできょうは雪をいただいた富士山がよく見えますね。日本で一番高い山、富士山は…」
と言いかけた途端、ブーイングが飛んできて
「違う!一番高いのは玉山(ぎょくざん)だ!」とかくしゃくとした声をあがります。
(台湾の玉山(3,952m)は、台湾が日本統治下にあった明治28年から昭和20年までの半世紀の間、
学校では「日本一高い山」と教えていました。
玉山の日本名が、あの真珠湾攻撃の暗号として有名な「ニイタカヤマノボレ」の新高山ですね)。
こういう素直な反応がすぐに出てくるセッション、今は全国で珍しくなくなったようです。
mellow outさん、今や音楽はiPodやケータイに入れて身につけ、脳内で響かせるもの。
それらをあえて音楽療法に持ち出さなくても、個々人で「気持ちいい音楽」を好きなだけ聞けば良い。
でも、そのうちの大半はしょせんマスプロダクトされた音楽です。
「周囲と自分との差別化」をもくろんだところで、結局どこか似た同じ音楽を一生懸命聴いている自分にいつか気づくのではないでしょうか。
一方、音楽療法はライブです。
例えば「周囲と同化したい」と思って一斉に唱歌・童謡・懐メロ・演歌を歌っても、
同じ歌を歌えば歌うほど、各自の胸中には個人史や感情が湧き起こり想定外のことが起きる。
音楽療法は一期一会の茶の湯です。
唱歌・童謡・懐メロ・演歌の底に残響する戦前から戦後の日本歴史と生活文化、
そこに根差した日本人のメンタリティの質量の重さ深さに比べれば、
それ以降の新しい歌など種類は多様多彩であるけれど、リアルタイムで学べ、技術・情報として身につけられる便利な教材もそろってます。
「周囲と同化したい」ための音楽を学ぶほうが、今となっては教えてくれる先輩も少なく、むずかしいのではないでしょうか。
「いまだに懐メロ、唱歌、演歌でいいのだろうか?」に対しては、「はい、いいのです、いまだに、今も、これからも」とお答えしたい。
一方、身体運動機能、発声発語機能、認知遂行機能といったそれぞれの機能維持・改善のために音楽を活用しているPTやSTの現場が増えています。
NMTの御大タウト博士がいくら独占特許をうたおうと、
タウトの本など読んだことはなくても日々のリハビリと予防活動を実践する日常の現場において有効なやり方を模索しているうちに、
いつかタウトの発想とつながる数々の手法が生まれてくるのは当然です。
有効なものは、家元化するのではなく、共有するに限ります。
日本のPT、STたちは勤勉です。音楽療法士もそれに続くことでしょう。
高齢者領域ひとつとっても音楽療法はすでに「画一的に存在して」はいません。
mellow out さんのご心配は杞憂かな ((*´∀`*))ノ゛
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